”写真において問題なのは、写真(家)そのもの以上に写っているもの(被写体)であり、したがって感動やすばらしさや驚きや涙や不思議や怒りや笑いに出逢うには、そのような出逢いの可能性のある場にみずからを置くこと、つまり自分がいかなる生活を送り、いかなる人間として生きるかということが本当の問題なのだと言うことを学んだ。北島はひとつの験(げん)を積んだ。
(西井一夫『20世紀写真論・終章 無頼派宣言』) (via breathnoir) (via konishiroku) (via dannnao)
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